心の空のまちから

クレヨンしんちゃんのまち“かすかべ"には“心の空”が広がっています!!

決して忘れることのできないあの日のこと・・・

目次

歳を重ねてくると、忘れることも増えてきますが、一方で忘られないことも多くなります。

10年前の

最も忘れられないことは、何と言っても10年前の3月11日に発生した「東日本大震災」です。巨大地震とそれに伴う津波で亡くなった方・行方不明の方合わせて2万2200人以上もの尊い命が奪われました。

昨日は、あの日から10年の節目ということで、テレビや新聞ではあの日のことが多く報じられていました。

夜7時のNHKニュースでは、大きな揺れや押し寄せる津波の映像が流れ、地震のエネルギーの凄さを改めて感じました。

備忘録として

あの日のことは軽々しく書けませんが、あくまでも自分の備忘録として思い出すままに幾つかあげてみました。

  • 誰も気にしてはいませんでしたが、あの日の2日前(3月9日)のお昼頃、震度4の比較的大きな地震がありました。
  • あの日は週末の金曜日で天気予報では午後から雨の予報でした。
  • そして、午後2時46分に「緊急地震速報」の警報音、今まで経験したことのない激しい揺れ、当地の震度は震度5強でした。
  • その後も度重なる余震、テレビには何度も「緊急地震速報」が流れ、津波が押し寄せる映像が。恐怖の中、まんじりともせず服を着たまま朝まで過ごしました。
  • 家人は帰宅困難者となり、大宮高島屋さんのロビーで一夜を過ごすことになりました。早々とシャッターを下ろし、客を締め出し中に入れなかった鉄道会社とは違い、仮眠場所と備蓄食糧を提供されたデパート、決して忘れません。
  • 翌朝、コンビニで食料を買い、車で迎えに行くことに。まずはガソリンと、スタンドへ。その時は早かったので、運良く並ばずに給油できましたが、午後になったら長蛇の列が出来ていました。
  • 繋がらなかった携帯電話がようやく繋がり、子どもたちの無事が確認でき、一安心でした。  
  • 福島第一原子力発電所津波で電源を喪失、原子炉が水素爆発したとのニュースがありました。やはり「原発震災」は起きるんだな、とその時思いました。
  • それから数ヶ月間はしばしば大きな揺れの余震がありました。スーパーで買い物の最中に大きな揺れがあり、棚から酒の瓶が床に落ち、割れる光景を目にしたことも。
  • また、テレビでは、CMが全て消え、金子みすゞさんの詩が流れていました。

等など。

その他にも「メルトダウン」「直ちに人体に影響はない」「計画停電」などの言葉(思い出したくない)を思い出します。

忘れることのできない

先月、2月10日深夜、マグニチュード7を超える震度6強の大きな地震がありました。この地震があの日の巨大地震の余震と聞くと、10年経ってもあの巨大地震は現在進行形なんだなぁ、とつくづく感じます。 

そして、もう10年か、と思う反面、まだ10年という気持ちも多少あります。

 

昨日行われた政府主催の追悼式での天皇陛下のお言葉にあったように「忘れることのできない記憶」として、これからも、、、

 

最後に、東日本大震災尊い命を亡くされた皆様のご冥福を謹んでお祈り申し上げます。そして、被災地の一日も早い復興と平穏な日常が戻ることを願っています。

 

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旧倉松公園にて

 

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