心の空のまちから

クレヨンしんちゃんのまち“かすかべ"には“心の空”が広がっています!!

日光道中粕壁宿の案内板がリニューアルされていた!?

目次

秋も深まり、朝晩の冷え込みを感じる季節になりました。冬の足音が着実に近づいてきています。

街歩きがなくなった

例年であれば、観光ボランティアガイドさんの案内で、粕壁宿を歩く人々が多く見られるのですが、今年は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、春以降、全く見かけなくなりました。今は日本全国がそうなのでしょうね。困ったことです。

早く人出が戻り、以前のようにリュックサック姿の方を大勢見かけるようになると嬉しいのですが、しばらくは無理でしょうね。

案内板が読みやすく

春日部大通りと公園橋通りの交差点にある信用金庫さんの前に建てられている日光道中粕壁宿の案内板は、古くなり文字が褪せ、かなり読み辛くなっていました。
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書き換え前

 

そろそろ書き換えの時期ではないか、と昨年下記の記事に書きました。

 

 【過去記事】

takejiisan.hatenablog.com

 

先月の初め頃、案内板が新しくなっているのに気がつきました。

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別に自分のブログ記事が影響したわけではありませんが、とても読み易くなってよかったですね。

 

日光道中粕壁宿

案内板

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日光道中 粕壁宿

   日光道中は、東海道・中山道・甲州街道・奥州街道を合わせた、「五街道」と呼ばれる街道のひとつで、江戸時代初期には、日光街道あるいは日光海道とされていました。しかし正徳六年(1716年)に五街道の名称について御触が出され、日光街道は海のない国を通るため日光道中と改められました。

   粕壁宿は、江戸時代元和二年(1616年)に日光道中千住宿より数えて第4の宿場に定められたとされています。寛永十三年(1636年)に日光東照宮が完成し、将軍や諸大名の参詣で日光道中の各宿場はにぎわい一段と発展しました。江戸時代の終わり頃の記録によると、宿場は「名主3軒」「本陣1軒」「問屋場1軒」「寺院8軒」「旅籠45軒」をはじめ、米穀商・質屋・薬屋などの商店や農家の家並みで159軒を配し、新町橋側より横町・寺町・上宿・中宿・新宿・三枚橋・新々田・下宿の8つの字に分かれていました。  

案内板を改めて読んでみると、新しい案内板ではふりがながふってありません。特に難しい漢字ではないので、それはそれでいいのかもしれません。また、諸代名も諸大名と正しく表記されていました。

 

折角案内板も新しくなりましたので、多くの人に読んでもらえると嬉しいのですが、地元の人はあまり読まないようです。

 

新たなまちおこしの機運も出てきていますが、春日部駅東口エリアのウリは何なのか、今一度考える必要があると個人的には思っています。やはり粕壁宿なんだろうな、と、、、

 

粕壁宿という宿場まちの雰囲気が少しでも感じられる何かがあると良いのですが、メイン通りが普通の住宅街になってもなぁ、、、

 

 

 

 

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