心の空のまちから

クレヨンしんちゃんのまち“かすかべ"には“心の空”が広がっています!!

幸手権現堂堤にある土木学会「選奨土木遺産」その後・・

目次

花より・・?

権現堂堤の曼珠沙華(彼岸花)のことは前回書きました。

権現堂堤に出かけたのは、もちろん曼珠沙華(彼岸花)を見るのが主目的ですが、実はもう一つ目的が・・

それは、昨年、確認し損なった選奨土木遺産「巡礼樋管」を確認することです。自分は"花より土木遺産”……。

f:id:takejiisan:20201002103147j:image

巡礼樋管

f:id:takejiisan:20201002103249j:image

巡礼樋管の高欄には装飾が施されされているとのことですが、確認はできません。
f:id:takejiisan:20201002110002j:image

違う角度から

取り付け堤防の反対側からみると 

f:id:takejiisan:20201002110055j:image

多分、昔の水路跡でしょうね。両側には曼珠沙華(彼岸花)が植えられています。
f:id:takejiisan:20201002110205j:image

別の角度から見ると
f:id:takejiisan:20201002110345j:image

反対側からは

選奨土木遺産に

「巡礼樋管」は、昭和8年の竣工。上の取付堤防も同時にできました。権現堂川用水新圦(しんいり)とともに権現堂川用水樋管群を構成して、平成22年(2010)土木学会の選奨土木遺産に選奨されています。

土木学会のサイト

↓↓

権現堂川用水樋管群 | 土木学会 選奨土木遺産

 

【過去記事】

takejiisan.hatenablog.com

 

巡礼の碑と巡礼樋管

前述の通り、この「巡礼樋管」も「巡礼供養塔」や「巡礼供養之碑」などと同じ昭和8年(1933)に設置されたものです。

そして「巡礼樋管」と呼ばれる所以は、多分「巡礼の碑」に関係していると思われます(あくまで推測ですが)。

その「巡礼の碑」について、
f:id:takejiisan:20201002110520j:image

順礼の碑(じゆんれいのひ)

       所在地 幸手市大字内国府間

 権現堂堤の上には、順礼供養塔(じゆんれいくようとう)と巡礼供養之碑(じゆんれいくようのひ)が建てられている。

 享和(きょうわ)二年(1802)六月、長雨のため水位高まった利根川(とねがわ)はついに決壊し、人々は土手の修復にあたったが、激しい濁流(だくりゆう)に工事を進めることが出来ず手をこまねいていた。その時そこを通りかかった巡礼親子がこれを見かねて、自ら人柱(ひとばしら)を申し出、逆巻く流れに身を投じたという。するとたちまち洪水はおさまり、修復の工事が完成したという。

 これに対し、巡礼親子が工事は無駄だといったのに怒った人夫たちが親子を投げこんてしまったという説も或る。どちらが本当か分からないが、巡礼供養塔は、人身御供(ひとみごくう)になった巡礼親子を供養するため、昭和八年に建立されたのもである。

 また、巡礼供養之碑には、明治、大正の有名な日本画家結城素明(ゆうきそめい)の筆による母子巡礼の姿が刻まれている。

 昭和六十三年三月

               埼  玉  県

            幸  手  市
 

幸手市のサイトには、

↓↓

歴史と観光「順礼の碑」 | 幸手市観光協会

 

関連【過去記事】

takejiisan.hatenablog.com

 

今回、「巡礼樋管」を改めて確認できたので、モヤモヤが晴れたような感じがしました(大袈裟ですが)。

 

*1

 

 

*1:注記:リンク🔗したサイトの記事等は、予告なく削除される場合があります。その際には、何卒ご容赦頂きたくよろしくお願い申し上げます。

Copyright©2018-2022.Takejiisan.All Rights Reserved.
当サイト内の文書・画像等の内容の無断転載及び複製等の行為はご遠慮ください。