心の空のまちから

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小渕追分の道しるべ(番外編)・庚申塔が見守り続けた桐箪笥の老舗

目次

嫁入り道具

三回にわたって、小渕追分の道しるべと庚申塔のことを書いてきました。今回は、番外編として、かすかべの特産品の一つ「桐箪笥」のことを少々。今は、違いますが、昔は箪笥は、嫁入り道具の一つでした。特に総桐の箪笥は一生ものとして、嫁入り道具の象徴的な存在でした。

かすかべの特産品

かすかべの特産品と言えば、「押絵羽子板」「麦わら帽子」「桐箱」そして「桐箪笥」です。

小渕追分の先の日光街道沿いには、「桐の街」の看板(少々傷んでいますが)があります。

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桐の街

春日部の特産品については、こちらを

【過去記事】

takejiisan.hatenablog.com

 

江戸時代創業の老舗

そして、道しるべ(庚申塔)がある小渕追分のすぐ前に、江戸時代に創業の桐箪笥のお店があります。

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右手前👉道しるべ(庚申塔)

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山田桐箪笥製作所

山田桐箪笥製作所さんのホームページ

↓↓

春日部の桐箪笥 修理・削り直しは山田桐箪笥店へ|春日部の桐箪笥 修理・削り直しは山田桐箪笥店へ

旧日光街道沿いの小渕追分にあるこちらのお店は地元の桐箪笥店の中でも最も古くからある老舗で、系図を遡ると、箪笥を手がけた先祖は、天明2年(1782)の山田長松と言う方だそうです。

以前、ご主人(先代?)に伺ったところ、長松さんは三重(伊勢?)の生まれだったそうです。また、木工に用いた手斧(ちょうな)ノミなど当時の道具が今も残されている、とも仰っていました。

なお、手斧(ちょうな)とは、木工に用いられる工具で、チョンナとも発音されます。漢字では釿のほか、「錛」とも表記します。

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お店のシャッターアートには長松の名が

このお店の前にある道しるべ(庚申塔)は宝暦4年(1752)なので、長松さんが生まれた頃には、道しるべ(庚申塔)は既にあったのです。

桐箪笥の歴史

江戸初期

江戸時代の初め、3代将軍・家光公の御代に、日光東照宮が造営されましたが、その時に江戸はもとより、遠くは京都・大阪からも多くの優秀な工匠が招かれ、東照宮の造営に携わったと言われています。
東照宮完成の後、工匠たちもそれぞれが帰国の途につきましたが、その途中、粕壁宿に多くの工匠たちが宿をとり、その折、粕壁宿の農民が、農閑期を利用して桐細工をしているのに着目した工匠が、当地に留まり粕壁宿に住みつくようになったと伝えられています。
もともと、優れだ技術をもっていた工匠たちは、長持、文タンス、枕箱等を考案し、桐細工を広め、後に長持を改良し、箪笥(タンス)を作りあげました。

江戸末期

幕末には、箪笥(タンス)とともに枕箱・小箱・印籠などの桐細工が盛んになり、当地は桐細工の産地として一躍知られるようになりました。

明治期

やがて、明治期になると、ライオン歯磨本舗(現ライオン㈱)が潤製歯磨粉を考案し、湿度保存に適した桐小箱を容器として使用したのがきっかけとなり、春日部の桐小箱は一躍隆盛期を迎えました。

桐箪笥の産地

また、春日部が箪笥(タンス)の産地になったのは、江戸に集まる諸大名が調度品を納める箪笥(タンス)を製作する工匠を京都から迎え、材料(桐)の産地(春日部)に住まわせたことによるとも言われており、長持(ながもち)に工夫をこらし引き出しを付けさせた。これが箪笥(タンス)の初めと伝えられています。
これらの工匠が箪笥(タンス)の技術を当地に伝え、改良に改良を加え現在の箪笥(タンス)ができあがりました。
やがて桐材が地元で供給できなくなったため、福島・会津産の桐材が導入されるようになり、春日部は古利根川・江戸川を利用して原木を集荷する便があったことから、古利根川は喜蔵河岸(現春日橋際の下喜蔵河岸)、江戸川は岩井河岸・土生津(はぶつ)河岸から陸揚げされて運び込まれていました。

最高級品

春日部の桐箪笥の特徴は総桐箪笥の中でも最高級品とされ、箪笥(タンス)には、前桐(前面だけ)、三方桐(前面と側面)、四方桐(前後と側面)と総桐があり、総桐でも、作り方によって三分通し、五分通し、七分通し等の区分があり格付がされていました。

大正期

春日部のタンスが有名になったのは、当時粕壁宿の上町に居住した厚見重次郎という人が製品を改良して一般の業者も技術の習得につとめ、大正10年(1921)に上野で開催された「平和博覧会」で最優秀賞を受領したのが契機となりました。

昭和期

昭和2年(1937)品質保持のため組合を設立、制服の専任検査員を置き厳重な検査、出荷をしたのも大きな要因となった。箪笥(タンス)製造の最盛期には、かすかべの町のいたる処で木くぎを打つ槌の音が響いていたそうです。

 

終わりに

ついに、「粕壁エイサーまつり」(6月開催予定)春日部夏祭り」(7月開催予定)の中止が決まりました。

お祭りのためには、今頃から準備・打ち合わせが不可欠ですから、やむを得ませんね。残念ですが。

 

やはり、

今は、stay at home!!

 

 

 

*1

 

*2

 

 

 

*1:参考:広報かすかべ「かすかべの歴史余話」(昭和53年11月)

*2:注記:リンク🔗したサイトの記事等は、予告なく削除される場合があります。その際は、何卒ご容赦頂きたくよろしくお願い申し上げます。

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