“心の空”のまちから

クレヨンしんちゃんのまち“かすかべ"には“心の空”が広がっています!!

サー・ショーン・コネリーさんの死を悼んで(其の一)『007シリーズ』の初代ジェームズ・ボンド役で一世を風靡!

目次

サー・ショーン・コネリーさんの訃報については、いろいろな方がブログなどで発信していらっしゃいますので、私如きが、とは思いますが、自分の備忘録として書かせて頂きます。

訃報

11月1日、007シリーズの8作品で、主役のイギリス情報部員ジェームズ・ボンドを演じた英国人俳優、サー・ショーン・コネリーさんが10月31日、バハマで亡くなったと報じられました。90歳でした。

なお、コネリーさんは、1999年に女王陛下からナイトの称号を授与されていますので、敬意を込めて「サー」と表記しました。 

半世紀以上前に

007のコードネームを持つジェームズ・ボンドに出逢ったのは、半世紀以上も前。 

前回の東京オリンピック開催の前、1962年『007は殺しの番号』(後に『ドクター・ノオ』と改題)という映画が公開されました。日本での公開は、翌年の1963年。

この作品は、007シリーズの第一作目ですが、当時、まだ高校生でクラブ活動(昔は部活とは言っていませんでした)や受験準備で忙しい時でしたので、第一作は、後になってから観たように気がします。

殺しのライセンス(イギリス政府の殺人許可証)を持つイギリス情報部員、ジェームズ・ボンド。

映画のタイトル『007は殺しの番号』と相俟ってとても新鮮な響きでした。

ロシアより愛を込めて

そして、2作目の『007/危機一発』(後に『ロシアより愛を込めて』と改題)を観て完全にはまりました。この作品は、社会人になってから(1972年にリバイバル上映された時?)観ました。以後何回も。

ボンドガールは、ソビエト情報局保安部員タチアナ・ロマノヴァを演じるダニエラ・ビアンキさん、本当に美しい様子のいい女優さんでした。

最初の舞台は、トルコのイスタンブール。

ソビエト在イスタンブール大使館に勤めるソビエト情報局のタチアナ・ロマノヴァから暗号解読機(レクター)を持ってイギリスに亡命したいとの要請(実は国産テロ組織スペクターが仕込んだ罠)を受けたイギリス情報局秘密情報部(MI6)の局長Mは、タチアナを連れ出す役割に指名された007ことジェームズ・ボンドに彼女の写真を見せ、彼女と暗号解読機(レクター)をイギリスに持ち帰れ、と命令します。

小道具

装備品(秘密兵器)係のQから「赤外線照準器付の25口径ライフル銃と銃弾20発、ソブリン金貨50枚、ナイフ、開け方を間違えると噴射される催涙ガス」などが仕込まれた情報部員必需品のアタッシュケース(後にボンドを窮地から救うことに)を渡されます。

ボンドは、タチアナの写真をスーツの内ポケットに入れ、アタッシュケースを持って部屋を出ます。秘書のミス・マニーペニーと話していると、Mから写真を置いていくように指示されます。

するとボンドは、その場でペンをとり、写真に From  Rossia with Love(ロシアより愛を込めて)とサイン、とてもオシャレなシーンです。

そして、ボンドはトルコのイスタンブールへ。 

イスタンブールでは、タチアナから亡命保護要請を受けたイギリス情報局のトルコ駐在員ケリムとともに情勢を探るボンド。

そのケリムが銃撃戦で負傷、二人は復讐のため、敵のアジトがある大きな女性の顔が描かれた看板のある建物で、女性の口から脱出しょうとする敵をボンドの赤外線照準器付きライフル銃で狙い撃ちます。

その時、ボンドは「女の口は怖い」と一言、粋ですな。これもお気に入りのシーンです。

イスタンブールでの諜報戦をなんとか凌ぎ、領事館の爆破騒ぎに紛れ、暗号解読機を手に入れたボンド。タチアナを連れ、列車(オリエント急行?)で、国境を超えイギリスへ。

その後、列車内で、ケリムが何者かに殺され、そして正体を現した、スペクターが差し向けた屈強の殺し屋レッド・グラント (ロバート・ショウ)。

ボンドはようやくスペクターの罠に気付く、そしてグラントとの死闘を繰り広げます。あわやと思われた瞬間、アタッシュケースに仕込まれた催涙ガスが噴射、グラントを倒しボンドは窮地を脱します。 

そして、列車を下りてもヘリやボートで次々と襲いかかるスペクターの追手。ボンドは見事、追手を撃破、クライマックスのヴェネツァへ。

そこでもメイドに扮したスペクターのナンバー3ローザ・クレッブが毒針を仕込んだ靴先でボンドを襲います。ボンドに惹かれていたタチアナの援護でクレップを倒すボンド。

 

ラストシーンは、ヴェネツァの船上で、二人は、、、主題歌の甘い歌声が流れ、ジ・エンド。

 

クールさに、ジョークを挟む粋なジェームズ・ボンド。自分的には、ジームズ・ボンドと言えば、やはりサー・ショーン・コネリーさんが一推しです。  

 

見どころ満載

そして、様子のいいダニエラ・ビアンキ、スペクターの殺人鬼レッド・グラントを演じるロバート・ショウの鍛えられた肉体美、列車内で彼とボンドとの死闘、そして、絶体絶命のピンチを救う小道具のアタッシュケース。

などなど、見どころ満載。

今風の少し捻ったような内容の映画やドラマと違って、展開がスッキリ(ある意味単純?)していてとても分かりやすく、飽きることなくラストまで楽しめる作品です。

この作品が自分的には『007シリーズ』の中での一番の作品だと思います。

 

アタッシュケース

この作品が日本で公開された頃、多くのビジネスマンがアタッシュケースを持っていました。自分も安物ですが、何個か買いました。

引っ越しの時、捨ててしまったかな、と思っていましたが、捜してみたらありました。

当時、書類を入れるのに、書類が曲がったりしないので、とても重宝していました。 

 

安物で恥ずかしいのですが。

f:id:takejiisan:20201122113523j:image

 

007シリーズには、日本を舞台した『007は二度死ぬ!

(You Only Live Twice)』(シリーズ5作目)という作品もあります。

 

これも結構面白いので、続いて書いてみたいと思っています。宜しければお付き合いください。

 

サー・ショーン・コネリーさんの死を悼み、保存していたビデオ(吹き替え版)を元にこんな記事を書きました。謹んでお悔やみ申し上げます。

 

 

 

 

 

ある日小春日和に誘われて・・

目次

ここ数日、暖かくて、風もなくとても穏やかな日々が続いています。正に小春日和。

新型コロナウイルス感染拡大で、外出自粛が求められたからなのかわかりませんが、その頃から足の衰えを感じるようになりました。

リハビリに行ったとき理学療法士さんから「歩かないと歩けなくなりますよ」と言われたので、少しでもいいので極力歩くように心がけています。

お散歩日和

絶好のお散歩日和なので、少し足をのばし、古隅田川の遊歩道を歩いてみました。

気持ちいい!!

f:id:takejiisan:20201118111150j:image

建物は春日部中学校の体育館

f:id:takejiisan:20201117165617j:image

すると、川面に何やら白いものが?!

f:id:takejiisan:20201118111253j:image

ズームしてみましょう!

f:id:takejiisan:20201118111503j:image

ダイサギです!

f:id:takejiisan:20201118111559j:image

古利根川でも水面にいるのをよく見かけるのですが、人の気配がわかるのか、スマホを向けるとすぐに飛び立ってしまいます。

今日は、いつもと違って、スマホを向けても、

f:id:takejiisan:20201118112226j:image

逃げません。

f:id:takejiisan:20201118111758j:image

しばらく仲良くウォーキング!!

f:id:takejiisan:20201118142943j:image

その他に、カモ類のカイツブリかコガモか、よくわかりませんが、数羽群れていました。

別の日にも

また、別の日ですが、古利根川川でもダイサギが、

f:id:takejiisan:20201118143641j:image

ポツンと白く
f:id:takejiisan:20201118143644j:image

やはりダイサギです。

f:id:takejiisan:20201118143820j:image

二羽一緒にいたのを見たことはありますが、ほとんどいつも一羽です。群れずに孤独が好きなのでしょうか?

コサギ

また、少し小ぶりの白い鳥が、

f:id:takejiisan:20201118145133j:image

コサギ?

f:id:takejiisan:20201118144224j:image

f:id:takejiisan:20201118144227j:image

咄嗟にスマホを向けました。

 

しばらく、好天が続きそうなので、また彼らに会えるかもしれません。やはり歩くといいことがありますね。

 

 

 

季節は変わる!冬の気配を感じる時・・

目次

冬の気配

立冬(11月7日)が過ぎ、暦の上では季節は既に冬、朝晩の冷え込みで徐々に冬の気配を感じるようになりました。

あんなに鬱陶しかったマスクも今は着けていると温かくさえ感じられます。

季節は変わる

満々と水を湛えていた大落古利根川の水位が下がると夏が終わり、秋、そして川底が見えるようになると、冬がやってきます。

古利根公園橋

f:id:takejiisan:20201113215735j:image

アーチは、特産品の麦わら帽子をイメージしています。さらにアーチの上にはユリカモメが乗っています。

f:id:takejiisan:20201114095730j:image

大落古利根川は、農業排水路なので、上流の耕作地帯で秋の収穫期を過ぎると徐々に水嵩が低くなり、冬になると川底が見えるようになります。

川底が

f:id:takejiisan:20201114100028j:image

水位が下がると

f:id:takejiisan:20201114100328j:image

f:id:takejiisan:20201114100325j:image

川底見えます

f:id:takejiisan:20201114100426j:image

古利根公園橋で、大落古利根川の川底を見て、“あぁ冬が来たんだなぁ”と、、、

f:id:takejiisan:20201114102314j:image

密を避けて、、、カイツムリ?

スマホだと小さいですね。もうすぐユリカモメが飛来します。

 

今年の冬は、新型コロナウィルスとインフルエンザとの同時流行が懸念される、とも言われていますので、10月2日に、インフルエンザの予防接種を済ませました。

 

なんとか風邪をひかないようにして、"経験したことのない冬”を乗り越えたいと思っています。

 

日々ご苦労されている医療従事者の皆さまと日々の生活を支えて頂いている多くの方々に感謝しつつ、新型コロナウィルス感染拡大の一日も早い終息を祈っています。

 

 

 

 

栄枯盛衰は世の習いと言うけれど(其の五)跡取り物語に幕が下りる時!?

目次

時事川柳

11月2日(月)読売新聞朝刊の『よみうり時事川柳』にこんな川柳がありました。

大塚の家具だけ残る社長室

埼玉県朝霞市の男性の方の川柳です。ウィット富んだ秀逸な川柳に思わずニャっとしてしまいました。

5年程前、世間の耳目を集め、父娘の経営権をめぐるお家騒動でワイドショーを賑わした“かぐや(家具屋)姫”こと大塚家具の社長大塚久美子氏が、同社の社長を12月1日をもって辞任されるとの報道がありました。

↓↓

〝かぐや姫〟の非情なエンディング…大塚久美子氏が社長辞任 親会社から三くだり半 | 東スポのニュースに関するニュースを掲載

先の時事川柳はその報道を受けての川柳ですね。

昨年、自分もこんな記事をエントリーしました。少し大袈裟ですが、“跡取り物語」と表記しました。

【過去記事】

takejiisan.hatenablog.com

 

大塚久美子社長の去就については、ネットに多くの記事があがってぃます。

↓↓

大塚家具の久美子社長が辞任。彼女は何に負けたのか(webマガジン mi-mollet) - Yahoo!ニュース

こちらも

大塚家具の“かぐや姫”が辞任 親子ゲンカの末、家業が他人の手に(THE PAGE) - Yahoo!ニュース

宴(うたげ)の跡

f:id:takejiisan:20201110145703j:image

大塚家具旧春日部店(春日部ショールーム)の建物は、所有者は変わっているようですが、今も、何の進展もなく、言葉は適切ではないかもしれませんが、何となく“宴の跡の廃墟”のようで、イトーヨーカドー春日部店で前の建物を見るたび、切ない思いにかられます。

f:id:takejiisan:20201110145730j:image

なお、昔の大塚家具は、この建物の場所ではなく、イトーヨーカドー春日部店側(手前の撮影側)にあったとのことです。因みに久美子社長は、このあたりで幼少期を過ごされたそうです。

古い建物は、鉄道高架事業の進展に伴って、再開発される時(あるのか無いのかわかりませんが)にでも新しい建物になるのでしょうか?

跡取り物語に幕

父大塚勝久氏が築いた家業の大塚家具は、あっけなく人手(ヤマダ電機・現ヤマダホールディングス)にわたってしまいました。

長引く少子高齢化とライフスタイルの変化で、家具業界も変化を余儀なくされる中、変化に対応できない会社は負け組となって市場からの退却を余儀なくされる、まさに栄枯盛衰は世の習いということでしよう。

こうして、大塚家具を巡る「跡取り物語」は、一旦幕を下ろしました。久美子氏はまだお若いので、これからのご活躍を期待したいと思います。

島忠も

そして、家具業界の話題といえば、もう一つ。島忠を巡って、ニトリとDCM(DCMホールディングス)の間で、争奪戦が繰り広げられていると、報じられています。

↓↓

ニトリ なぜTOBに参戦 島忠の完全子会社化を目指す理由は | NHK

 

島忠の創業は、同社のホームページによると、明治25年(1893)と古く。初代島村忠太郎氏が埼玉県春日部市で「島村箪笥製造所」を創業したとのことで、大塚家具と同じく、やはりかすかべの桐箪笥店がルーツのようです。


当地かすかべに引っ越した時の我が家の家具は、大塚家具、島忠、ホーマック(DCMホールディングス)で購入しました。

ニトリにも見に行ったことがありますが、雑貨は購入しましたが、残念ながら家具は“お値段以上”ではなかったので、購入しませんでした。

 

果たして、島忠はいずれの傘下に収まるのでしょうか? 注目したいと思います。

 

時は移り、「桐の街」かすかべも昔の勢いは感じられなくなった、とご近所の方がいつも仰っています。 

 

あぁ栄枯盛衰は世の習い、、、

 

 

*1

*1:リンク🔗した記事は、予告なく削除される場合があります。その際は、何卒ご容赦頂きたくよろしくお願い申し上げます。

桜ゴールドの五輪トーチは美しく輝いていた!!

目次

開催が来年に延期された東京オリンピック2020の聖火リレートーチが展示されている、と11月4日の新聞朝刊に載っていたので、見学に行ってきました。 

会場

f:id:takejiisan:20201105084927j:image

会場は、春日部駅西口にある「ふれあいキューブ」の1階ホワイエ。11月3日、4日の2日間の巡回展示。

f:id:takejiisan:20201105084930j:image

東部地域振興ふれあい拠点施設「ふれあいキューブ」

f:id:takejiisan:20201105131149j:image

ソーシャルディスタンスを取りながら、列に並んで順に会場内へ

聖火トーチ

東京2020オリンピックの聖火リレートーチ

f:id:takejiisan:20201105131334j:image

ようやく間近に、

f:id:takejiisan:20201105131331j:image

トーチは、長さは71cm、重さは1.2kg。材質はアルミニウム等。なお、素材のアルミニユウムは、東日本大震災で被災した東北三県の仮設住宅で不要になったアルミニユウムを一部使用し、復興する被災地の姿を表現しているとのことです。

f:id:takejiisan:20201105131534j:image

トーチは「桜ゴールド」と呼ばれ、美しく輝いていました。
f:id:takejiisan:20201105131540j:image

桜の花

上から見ると
f:id:takejiisan:20201105131530j:image

モチーフは桜の花
f:id:takejiisan:20201105131537j:image

上からの写真は、下記のように、立ち会っている市の職員の方が撮ってくださいました。

写真は、自分の時のものではありません(少し画質が悪かったです)。

f:id:takejiisan:20201105151142j:image

 

幻のトーチにならないことを、、、

本来であれば、7月8日、粕壁宿の春日部大通りをこの聖火トーチがランナーと共に駆け抜けるはずでした、、、

 

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、東京2020オリンピックそのものの開催が来年夏に延期になりました。そのため実際に聖火トーチを見る楽しみは来年までお預けです。

 

幻の聖火トーチにならないことをただただ祈るばかりです……

日光道中粕壁宿の案内板がリニューアルされていた!?

目次

秋も深まり、朝晩の冷え込みを感じる季節になりました。冬の足音が着実に近づいてきています。

街歩きがなくなった

例年であれば、観光ボランティアガイドさんの案内で、粕壁宿を歩く人々が多く見られるのですが、今年は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、春以降、全く見かけなくなりました。今は日本全国がそうなのでしょうね。困ったことです。

早く人出が戻り、以前のようにリュックサック姿の方を大勢見かけるようになると嬉しいのですが、しばらくは無理でしょうね。

案内板が読みやすく

春日部大通りと公園橋通りの交差点にある信用金庫さんの前に建てられている日光道中粕壁宿の案内板は、古くなり文字が褪せ、かなり読み辛くなっていました。
f:id:takejiisan:20201102085202j:image
書き換え前

 

そろそろ書き換えの時期ではないか、と昨年下記の記事に書きました。

 

 【過去記事】

takejiisan.hatenablog.com

 

先月の初め頃、案内板が新しくなっているのに気がつきました。

f:id:takejiisan:20201102170632j:image

 

別に自分のブログ記事が影響したわけではありませんが、とても読み易くなってよかったですね。

 

日光道中粕壁宿

案内板

f:id:takejiisan:20201102170708j:image

日光道中 粕壁宿

   日光道中は、東海道・中山道・甲州街道・奥州街道を合わせた、「五街道」と呼ばれる街道のひとつで、江戸時代初期には、日光街道あるいは日光海道とされていました。しかし正徳六年(1716年)に五街道の名称について御触が出され、日光街道は海のない国を通るため日光道中と改められました。

   粕壁宿は、江戸時代元和二年(1616年)に日光道中千住宿より数えて第4の宿場に定められたとされています。寛永十三年(1636年)に日光東照宮が完成し、将軍や諸大名の参詣で日光道中の各宿場はにぎわい一段と発展しました。江戸時代の終わり頃の記録によると、宿場は「名主3軒」「本陣1軒」「問屋場1軒」「寺院8軒」「旅籠45軒」をはじめ、米穀商・質屋・薬屋などの商店や農家の家並みで159軒を配し、新町橋側より横町・寺町・上宿・中宿・新宿・三枚橋・新々田・下宿の8つの字に分かれていました。  

案内板を改めて読んでみると、新しい案内板ではふりがながふってありません。特に難しい漢字ではないので、それはそれでいいのかもしれません。また、諸代名も諸大名と正しく表記されていました。

 

折角案内板も新しくなりましたので、多くの人に読んでもらえると嬉しいのですが、地元の人はあまり読まないようです。

 

新たなまちおこしの機運も出てきていますが、春日部駅東口エリアのウリは何なのか、今一度考える必要があると個人的には思っています。やはり粕壁宿なんだろうな、と、、、

 

粕壁宿という宿場まちの雰囲気が少しでも感じられる何かがあると良いのですが、メイン通りが普通の住宅街になってもなぁ、、、

 

 

 

 

粕壁神明社の白い”にゃんこ"を捜していたら思わぬ発見があった?!

目次

白い"にゃんこ"たちはどこに?

前回書きましたが、粕壁神明社の白い“にゃんこ"たちにいつも会えるとは限りません。

そんな時は、今日はいないのかぁ、と何となく寂しく感じます。どこに行ったのかな?

f:id:takejiisan:20201027200519j:image

もしかしたら、と思い、拝殿前の門扉の隙間から覗いて見ると、、、

f:id:takejiisan:20201027200547j:image

「いたーっ」 拝殿の上の右端に何やら白いものが。お昼寝中のようです。やはりここの住人(猫)なんでしょうか?

そして、さらに右の方に目を移すと何やら高いものがチラッと……石碑?

改めて、「三峯神社」の祠の裏から見てみると、何やら石碑らしきものが見えました。

f:id:takejiisan:20201028084956j:image

さらに近寄ってみると
f:id:takejiisan:20201028084954j:image

間違いなく石碑です。

何回も神明社の境内に入りましたが、迂闊にも今まで全く気がつきませんでした。

そう言えば、普通、どこの神社でも見かける手水鉢、石碑、そして力石などがこの神明社の境内に無いのが、不思議に思っていました。

行ってみましょう!

f:id:takejiisan:20201028085337j:image

社殿の裏にまわると、

f:id:takejiisan:20201028085244j:image

左手に少し隙間が…

f:id:takejiisan:20201028085400j:image

物置の狭い所を入って見ると、

あった!

f:id:takejiisan:20201028174115j:image

石塔が数基並んでいます。力石もありました。そうだったんだ。

粕壁神明社は、マンション建設に伴って他の場所から今の場所に移転したので、この境内には、何も無いんだな、と勝手に思い込んでいました。やはりあったのです。

石塔・石碑

痘神

f:id:takejiisan:20201028174258j:image

一番手前左側の石塔には、よく見ると「痘神」(とうがみ、もがさがみ?・読み方はわかりませんが)と刻まれています。「痘神」の「痘」(とう、もがさ)とは、かつて世界で最も流行し、恐れられた疫病の一つ「天然痘(てんねんとう)」のことです。

また、痘神は疱瘡神(ほうそうがみ)とも言われ、疫病神の一種で、疱瘡(天然痘)をもたらすと信じられていました。そして、当時の人々は、病気の原因とされる疫病神を痘神(疱瘡神)として祀ることで、感染者の病状が平癒するようにお祈りしたと言われています。

現代の疫病・新型コロナウイルス感染症は、瞬く間に世界中に広がりパンデミックを引き起こしました。現在も日本のみならず、欧米諸国で大きな波となって猛威を奮っています。

交通が発達していない時代の伝染病は、村から村へと順々に伝わって行きました。 日本の場合も、疱瘡(天然痘)は恐れられ、人々は「疱瘡神」あるいは「瘡神(くさがみ)」がやって 来て、病気を起こすのだと考えたそうです。

そこで、江戸時代の人々は町や村の入口に「疱瘡神」を祀って、町や村の中に入ってこないようにお願いをしました。もちろん粕壁宿でも「八坂神社」や当「神明社」を祀り、疫病封じ、疫病退散を祈念したことは容易に想像できます。

青面金剛

その右は「青面金剛」。右側面には「文化十四丁丑年(1817)春三月吉祥日」と、

f:id:takejiisan:20201028192159j:image

f:id:takejiisan:20201028192231j:image

また、左側面には、「粕壁  山中」(これは当地の字名)と刻まれています。

猿田彦太神

f:id:takejiisan:20201028192340j:image
その右は「猿田彦太神」。その側面には「文化十三年丙子(1816)十一月丙午朔十五日庚申建」と刻まれています。200年以上前の庚申信仰の名残りなのでしょう。

散留當ひこ乃碑

f:id:takejiisan:20201028192421j:image

さらにその右奥の丈の高い石塔には、刻まれている文字は崩し字の為、よくわかりませんでしたが、いろいろググッてみると「散留當ひこ乃碑」と刻まれているようです。

また、その右側面に「弘化三年丙午(1846)三月庚申立」とありますので、「庚申信仰」に因んだ石塔であることだけは確かです。

几号水準点

f:id:takejiisan:20201028193016j:image

その左側面には「神明道長廿四丈三尺廣八尺不」と刻まれています。最後の文字は「不」(あらず)と読めますが、これは漢字の「不」ではなく「几号(きごう)」というものだそうです。

なお、几号水準点とは、明治初期に高低測量を行うために設けられた基準になる測量点だです。初めて知りました。

この方のブログがとても参考になりました。

↓↓

几号水準点って何?

「几号水準点」が刻まれているということは、この石塔は、奥州街道(日光道中)沿いの神明社の参道入口付近に建っていたと推測されます。

なお、この几号水準点は、明治初期に定められたとのことですが、石碑そのものには、弘化三年(1946)の建立と刻まれていますので、もしかしたら、この「不」の几号だけ、明治になって刻まれた可能性があります(これも推測です)。

歌碑?

f:id:takejiisan:20201028192507j:image

そしてその右隣の石碑は、和歌のようなものが刻まれた歌碑のように見えますが、知識がないので、刻まれた崩し字は読めません。

力石・石塔(道標)

f:id:takejiisan:20201028192547j:image

その奥には力石と小さな石塔が二基。

f:id:takejiisan:20201028192630j:image

道標?

 

このように白い"にゃんこ“たちのお陰で思わぬ発見(大袈裟な)がありました。感謝!!

 

Copyright©2018-2020.Takejiisan.All Rights Reserved.
当サイト内の文書・画像等の内容の無断転載及び複製等の行為はご遠慮ください。